“(Exhibition-/-Santiago…)” – term A 会場仮設

>> 17/04/12 12:20 PM up

“(Exhibition-/-Santiago…)” – term A 会場仮設

 

 

 

 

 

 

 

 

Exhibition/Santiago… term A 会場仮設

 

 

 

仮設作業#5「リサールをスケッチする」

 

日時:7/9(日)7:00~

場所1(集合):日比谷交差点

場所2(実施):日比谷公園

 

1896 年のある日、スペイン政府によってサンチアゴ要塞に幽閉されていたホセ・リサールは、処刑がおこなわれるバグンバヤン(現在のリサール公園)へ連行された。リサールはしっかりした足取りで歩き、護衛兵や二人のイエズス会士と時々笑いあっていたようだ。7:00 をすぎたころ、リサールは銃殺刑に処される。

今回、写真にもとづいて、銃身とリサールの距離を再現し、日比谷公園に設置されているリサール像をスケッチする。

 

企画:森尻尊

コーディネート:小山友也

 

主催:raccoon dogs teakettle、CSLAB

 

問い合わせ:raccoondogsteakettle@gmail.com(森尻)

 

 

※集合場所は、日比谷交差点、日比谷公園側です(警察署の前)。

※スケッチ用の紙とペンは、主催側で用意します。

※このイヴェントとその記録は、“(Exhibition-/-Santiago…)”term A で仮設されるサンチアゴ要塞の一部となります。あらかじめご了承ください。

 

 

仮設作業#6「作戦会議をする」

 

日時:7/10(月)17:00~

場所:CSLAB

 

サンチアゴ要塞を仮設する最後の作業は、作戦会議である。現地フィリピンで『演劇クエスト』『港の女』などの滞在制作を行っている批評家の藤原ちから氏を招き、本プロジェクトの企画者、キュレーションを担当している森尻とのトークイヴェントをおこなう。過去と現状をみつめ、今後の作戦を練る。

 

出演:藤原 ちから(BricolaQ)、森尻 尊企画:森尻 尊

コーディネート:小山 友也

 

主催:raccoon dogs teakettle、CSLAB

 

アクセス:JR 横浜線相原駅下車、東京造形大学バス乗り場からスクールバスにて5分。(徒歩 15 分) スクールバス時刻表 → http://www.zokei.ac.jp/m/bus1.html

 

問い合わせ:raccoondogsteakettle@gmail.com森尻)

 

※このイヴェントとその記録は、“(Exhibition-/-Santiago…)”term A で仮設されるサンチアゴ要塞の一部となります。あらかじめご了承ください。

 

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仮設作業#3「重い物を運ぶ」

 

日時:6/14(水)17:00~

場所:CSLAB

 

1571 年~スペイン植民地時代、サンチアゴ要塞建設、再建の際には現地フィリピン人や中国人など様々なひとたちが強制労働されていたようだ。南米同様、エンコミエンダ制が適用されていたことが関係しているかもしれない。

今回 CSLAB において特権的な立場の人物の命令のもと、奴隷として重い物を運ばされてみる。

 

 

仮設作業#4「軽い物を貼る」

 

日時:6/14(水)17:00~

場所:CSLAB

 

1571 年~スペイン植民地時代、サンチアゴ要塞建設、再建の際には現地フィリピン人や中国人など様々なひとたちが強制労働されていたようだ。南米同様、エンコミエンダ制が適用されていたことが関係しているかもしれない。

今回 CSLAB において特権的な立場の人物の命令のもと、奴隷として軽い物を貼らされてみる。

 

企画:森尻尊

コーディネート:小山友也

 

主催:raccoon dogs teakettle、CSLAB

 

アクセス:JR 横浜線相原駅下車、東京造形大学バス乗り場からスクールバスにて5分。(徒歩 15 分)

スクールバス時刻表 → http://www.zokei.ac.jp/m/bus1.html 問い合わせ:raccoondogsteakettle@gmail.com(森尻)

 

 

※当日、仮設作業#3「重い物を運ぶ」と仮設作業#4「軽い物を貼る」の二つのイヴェントを同時、同空間で、重ね合わせてみる。二つのイヴェントを重ねることで、肉体的/精神的、重い/軽い行為を相対化し、それらの間にある無数の行為の再演を試みるためである。

強制労働という、暴力的で非情な、均一で反復的なイメージの制度の現場においても、そこで起こることは、多様で複雑だったのではないか。

もしかしたら、重い石が軽い紙のように、貼るという行為が、運ぶ行為のように感じられることがあったかもしれない(各々の逆もしかり)。その要因は場合によって異なるだろう。当日、参加者は、ある時は「重い物を運び」、ある時は「軽い物を貼る」ことになる。そしてひょっとしたら二つのイヴェントの間に潜在する無数のイヴェント(再演)に意図せずして(偶然)参加することになるかもしれない。

 

※このイヴェントとその記録は、“(Exhibition-/-Santiago…)”term A で仮設されるサンチアゴ要塞の一部となります。あらかじめご了承ください。

 

 

仮設作業#2「何もしない」※終了しました

 

日時:5/17(水)  17:00~18:30 場所:CSLAB 他

 

悲惨な出来事が起きたとされるその場所でも、何もおこなわれていない時間があったかもしれない。このイヴェントは何もしないことの再演であり、文字通り何もしない(何もしないをする)。それでも何かしているとしたら、何をしているのだろうか。

 

また、「何もしない」に関連して、「収監される」や「集団歩行する」など、いくつかの場面の再演を補助的におこなう。

 

企画:森尻尊

コーディネート:小山友也

 

主催:raccoon dogs teakettle、CSLAB

 

アクセス:JR 横浜線相原駅下車、東京造形大学バス乗り場からスクールバスにて5分。(徒歩 15 分)

スクールバス時刻表 → http://www.zokei.ac.jp/m/bus1.html

 

問い合わせ:raccoondogsteakettle@gmail.com(森尻)

 

※このイヴェントとその記録は、“(Exhibition-/-Santiago…)”term A で仮設されるサンチアゴ要塞の一部となります。あらかじめご了承ください。

 

 

仮設作業#1「裸足でバスケットボールをする」※終了しました

 

日時:4/26(水) 17:00~18:30

場所1(集合):CSLAB

場所2(実施):東京造形大学体育館

 

マニラのストリートでお馴染み、裸足でバスケットボールをおこなう。1891 年アメリカの体育講師、ジェームズ・ネイスミスによって開発されたその楽しげな近代スポーツには、他のそれらと同様、コロニアリスティックで、ファロセントリックな匂いがまとわりついているかもしれない(ほか、競争主義、記録主義、効率主義など。またルール自体に近代社会の特徴が色濃く反映されている、ということ。けれどもバスケットボールは楽しいのだけど)。

 

今回、それらを頭の片隅にバスケットボールをおこなうことで、改めて各々のイズムの匂いを嗅いでみようと思う。

 

節々の痛みと汗をともない、着工する。

 

企画:森尻尊

コーディネート:小山友也

 

主催:raccoon dogs teakettle、CSLAB

 

アクセス:JR 横浜線相原駅下車、東京造形大学バス乗り場からスクールバスにて5分。(徒歩 15 分) スクールバス時刻表 → http://www.zokei.ac.jp/m/bus1.html

 

問い合わせ:raccoondogsteakettle@gmail.com森尻)

 

※このイヴェントとその記録は、“(Exhibition-/-Santiago…)”term A で仮設されるサンチアゴ要塞の一部となります。あらかじめご了承ください。

※運動しやすい恰好でおこしください。

 

 

memo

 

場所は、出来事(物/事)で成り立っているサンチアゴ要塞についての物事を再演(イヴェント)する

再演(イヴェント)自体とその痕跡、記録は、サンチアゴ要塞の部分的な仮設である、と規定する

イヴェントをいくつか重ねることで、サンチアゴ要塞の一部を仮設する

イヴェント自体とその痕跡、記録は、直接的には表されていないサンチアゴ要塞の他の部分を示唆する可能性がある

 

イヴェント(再演)は、他者を想像、思考する技法についての試みでもある

イヴェント(再演)は、他者について、自分がそうであったかもしれない、あるいはすでにそうであるかもしれない可能性を想像、思考する試みでもある

 

出来事は、ほぼ繰り返されているかもしれない

出来事が、ほぼ繰り返されているとしたら、そのことについてどう考えるべきだろうか

 

 

 

サンチアゴ要塞は、スペイン植民地時代の初期、1571 年~マニラのイントラムロス地区の北西の一番端に建設された軍事要塞。

イントラムロス-Intramuros は、「壁の内側」という意味で、サンチアゴ要塞に連なるその壁は、地区全体を囲いこんでいる。第二次大戦中、約10万人の市民が命を落とし、多くの建物が破壊された、いわゆる「マニラの戦い」の中心戦闘地のひとつ。終戦後、再建、解体がすすみ、現在はスペイン植民地時代の建築物などが並ぶ人気の観光スポットになっている。また、マニラ市立大学、フィリピン・リュケイオン大学、サン・フアン・デ・レトラン大学、マニラ高等学校、サンタ・ローサ学院など、いくつかの高等教育機関の拠点となっている。

サンチアゴ要塞-fort Santiago の fort は、前線または要塞を意味し、Santiago はスペインの都市(エルサレム、バチカンと並ぶキリスト教三大巡礼地のひとつ)、あるいは9世紀スペインのその場所で遺骸が発見されて以降、当初のイベリア半島レコンキスタ(キリスト教勢力によるイスラム教国家の再征服運動)のシンボルになった、守護聖人「San Santiago

(聖ヤコブ、St. James)」に由来していると思われる。

サンチアゴ要塞は、アジアの軍事拠点として、重要な場所だった(マニラはガレオン貿易の中継地点として重要な役割を果たす港街だった)。約 300 年に渡るスペイン支配の後(一時的にイギリス)、アメリカ、日本などに占領される。度重なる地震と戦争で、損傷するも、その都度補修、再建される。

1896 年、フィリピン独立の父、ホセ・リサール(1861 年~1896 年、革命家、医師、小説家、詩人、画家、学者)がスペイン政府によって幽閉される。要塞のすぐ横にはパシグ川がマニラ湾に流れている。1942 年~1945 年の日本占領中には、満潮時に川の水を引き、多くのフィリピン人が殺害された。現在、要塞跡には、リサール記念館、公園、カフェ、売店などがあり、観光客や、現地の人々の憩いの場となっている。

 

 

 

現在のサンチアゴ要塞にはどこか「空虚な場所」、といった印象を覚える。かつて在った場所の「抜け殻」的な感じ。「死の痕跡」というより、「痕跡の死」そのものがあるような。あまりの穏やかな雰囲気と、過去あった出来事のギャップ、壁にのこる弾痕がそう思わせたの

かもしれないし、そもそも「遺跡」というものは、そういうものかもしれない。

 

 

 

ひょっとしたら、サンチアゴ要塞は、人々の記憶、生活の中に溶解してしまったのではないか。マニラの音楽や、波のリズム、人々の仕草、社会など、サンチアゴ要塞の「周縁」の方に、よりサンチアゴ要塞的なものを感じる(もちろん、これは主観的なうがった見方にすぎない)。そもそもサンチアゴ要塞的なものは、そこら中にあったのかもしれない。粒子のように。たまたま「何か」がそれを(「人」という言葉でくくることにはどこか違和感がある、人に関係している「何か」としておく)サンチアゴ要塞として結節してしまった、具現化してしまっただけなのかもしれない。その「何か」とは、一体どのようなものだろうか。もしかしたら「何か」はそこら中にあるのかもしれない。とすれば、サンチアゴ要塞は「部分的に」どこにでもあるのかもしれない。と、考えてみる。そのサンチアゴ要塞の部分を、CSLAB という場所において、仮にも再結節(仮設)してみること。そうすることで、サンチアゴ要

塞、ひいては「場所」について、わずかながら考えることができるのではないか。

 

 

“(Exhibition-/-Santiago…)” 会場仮設担当 森尻尊